僕らが見ている“この世界”は認識一つで全て変わる

僕たちが見ている“この世界”は、認識一つで全く変わるのだと思う。

 

単純な話で、10㎞マラソンを「自己成長のため」と捉えるのか「ただひたすら苦痛な時間」と捉えるのかで、タイムが大きく変わるということ。

 

前者は、自分の限界に自ら挑もうとしてその結果良いタイムを叩き出すかもしれないが、後者だとそれは厳しいだろう。

 

もちろん、マラソンの得意不得意の差は当然出るだろう。

 

しかし、それはあくまで「身体的な話」に過ぎず、「認識」ではない。

 

認識とは、身体的なハンデの大小は全く関係なく、誰しもが平等に持つことができるものである。

 

そして、僕らが見ている“この世界”は、認識によって大きく変わるものだと思う。

 

色々書く予定だったが、あまりに眠たすぎるのでまた書こうと思う(笑)。

 

それでは。

 

チャオ(・∀・)!

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